「日本被団協」認定基準検討会
-作業文書No.1

安斎育郎・清水雅美 「寄与リスク」概念をめぐる誤解について

2001年7月

作業文書No.1の公表にあたって

日本被団協・認定基準検討会メンバー
安斎育郎(立命館大学国際関係学部)

 日本被団協は、厚生労働省の原爆症認定作業の動向に対応するため、「認定基準検討会」を設置し、被爆者・科学者・弁護士等による検討を重ねてきた。厚生労働省は、2001(平成13)年5月、疾病・障害認定審査会の原子爆弾被爆者医療分科会は「原爆症認定に関する審査の方針」を発表し、「原因確率」を指標とする新たな原爆放射線起因性の判断基準を実行に移しつつある。そこで、日本被団協・認定基準検討会としても、検討の内容を「作業文書」として公表し、関係者の参考に供することとした。
  「作業文書No.1」は、安斎育郎(立命館大学国際関係学部)・清水雅美(日本大学歯学部)の共著による「『寄与リスク』概念をめぐる誤解について」と題する論文である。この論文は、現在、日本保健物理学会誌『保健物理』に「ノート」として投稿中である。投稿中の論文を対社会的に公表することはやや異例のことではあるが、厚生労働省による認定基準に関する検討が思いのほか急速に進められつつある現状に鑑み、関係者の参考に供することとした次第である。
  本論文は、リスク評価の尺度としての「寄与リスク」概念に関する誤解の本質を、厚生科学研究費補助金研究報告書「原爆放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(主任研究者:児玉和紀<広島人学医学部教授>)を典型例として明らかにしたものである(「原爆症認定に関する審査の方針」では「寄与リスク」は「原因確率」と呼ばれている)。同報告の「寄与リスクは、相対リスクと絶対リスク両指標の考えを併せ持つものである」との主張は本質的な理論的誤認に基づく事実誤認であること、寄与リスクの本質は「相対リスクを0~100%に規準化した指標」であることを論証するとともに、同報告の「寄与リスクはリスク評価の最適尺度」との主張は根拠を欠き、むしろ相対リスクの方が優れていると考えられる面もあることを具体的に指摘している。本作業文書が、寄与リスク(原因確率)に関する誤解を克服するために寄与することを期待する。

「寄与リスク」概念をめぐる誤解について

安斎育郎・清水雅美

About the Misunderstanding of the Concept of “Attributory Risk”
Key words: radiation risk, absolute risk, relative risk, attributory risk, misunderstanding

1.緒言

 リスクの評価尺度としては、一般に、「絶対リスク」や「相対リスク」の概念が用いられてきたが、近年、放射線起因性の程度を評価する指標として「寄与リスク」概念が注目されてきた。しかし、このリスク概念の理解には、放射線影響学分野の専門家の間にも本質的な誤解が見られるように思われる。例えば、厚生科学研究費補助金研究報告書「原爆放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(主任研究者:児玉和紀<広島大学医学部>、以下、「児玉報告」と略記)は、そのような基本的な誤解を孕む論文の典型例である。本稿は、「児玉報告」を例として、「寄与リスク」概念に関する誤解の本質について検討するものである。

2.概念の整理

 絶対リスク、相対リスク、寄与リスクを比較検討するに当たり、その概念を整理しておく。
 非被爆者No人あたりの疾患発生数あるいは死亡者数をC人とする。
 被爆者No人あたりの疾患発生数あるいは死亡者数をX人とする。
 絶対リスクをRaとすると、   Ra=X-C……(1)
 相対リスクをRrとすると、   Rr=X/C……(2)
 過剰相対リスクをERRとすると、ERR=(X-C)/C……(3)
 寄与リスクをATRとすると、  ATR=(X-C)/X……(4)
 これを整理すると、表1の如くである。

3.絶対リスク、相対リスク、寄与リスク概念にかかわる誤解の本質

 4つの具体的なケースについて、上の各量を求めると表2のようになる。

 「児玉報告」には、次のように書かれている。

 相対リスクは、被爆群と非被爆群とのリスクの相対的な比でありリスクの評価には適しているが<1>、非被爆群に比べてどの程度リスクが増加するのかということは示されない<2>。例えば、相対リスクが1.2である場合、非被爆群の疾患発生(死亡)が100あるときの相対リスクが1.2なのか、非被爆群の疾患発症(死亡)が10であるときの相対リスクが1.2なのか区別はできない。前者の場合は被爆群の疾患発生(死亡)が20増えるのに対し、後者の場合は2増えるだけである。公衆衛生的視点からは前者のインパクトは大きく、相対リスクはそのインパクトを測ることはできない。絶対リスクはどの程度リスクが増加するのかという公衆衛生的インパクトにとって重要な指標ではある<3>が、その大きさ<4>は非被爆群のリスクに依存して考えなければならない。例えば、非被爆群の疾患発生(死亡)が100で被爆群の疾患発生(死亡)が110の場合と、非被爆群が10で被爆群が20の場合とでは、ともに絶対リスクが10といっても、リスクの大きさは後者の方が大きく<5>、その大きさを絶対リスクは測ることができない。一方、リスクは、絶対リスクの相対的大きさで表され、相対リスクと絶対リスクと両指標の考えを併せ持つものである<6>。式からわかるように、寄与リスクは相対リスクから算出されるが、その大きさは0から100%に数値化される<7>。この性質は重要であり、種々の疾患に対する放射線リスクの評価が同じ枠内の数値として統一的に考えられることを意味している。したがって、放射線が占める割合としてのリスク評価の指標としては、寄与リスクが最適である<8>。

 この記述には、以下の問題点が含まれる。

〔1〕「リスク」という用語の無限定な使用

 下線部<1>に「リスクの評価に適している」という表現があるが、少なくとも「絶対リスク」「相対リスク」「寄与リスク」という3種類のリスク尺度を比較しつつ「最適なリスク評価の尺度とは何か」を論じようとしている論文において、「リスクの評価に適している」といった表現を用いることは適切ではない。ここで著者が主張したいことは、「(相対リスクは)疾患発生(死亡)の増加率の評価には適している」ということに相違ないので、無限定に「リスク」という言葉を用いる例ではなく、意味内容を具体的に表現すべきである。
 下線部<2>の「どの程度リスクが増加するのかということは示されない」という表現も同様の意味で不正確であり、表現したいことは「どの程度疾患発生(死亡)の絶対数が増加するのかということは示されない」ということであるから、ここも無限定に「リスク」という言葉を用いるのではなく、意味するところを厳密に表現すべきである。
 下線部<3>に「絶対リスクはどの程度リスクが増加するのかという公衆衛生的インパクトにとって重要な指標ではある」という表現があるが、この場合も「どの程度リスクが増加するのか」という表現は同様に不適切であり、「疾患発生数(死亡数)が絶対数としてどの程度増加するのか」と表現されるべきである。
下線部<4>の「その大きさ」という表現も何を意味するのか判然としない。この場合の「その大きさ」は「疾患発生数(死亡数)の増加率」とすべきである。
 下線部<5>の「リスクの大きさは後者の方が大きく」も「リスクの大きさ」とは何かを定義せずに用いており、学術論文として極めて不適切である。100が110に増えた場合は1.1倍だが、10が20に増えれば2倍に増えたことになるので、後者の方が「リスクが大きい」と主張しているものと推定されるが、罹患する側にとっては、例えば、よく見られる癌が10増えるのと、珍しい癌が10増えるのとでどちらが危険かは一概に言えないのであって、よく見られる癌で死亡しても、珍しい癌で死亡しても、増える絶対数が同じである限り「死のリスクの増加」という点では同じだという見方もできる。したがって、ここも、「リスクの大きさ」の代わりに、「疾患発生数(死亡数)の増加率という点で」と表現されるべきである。

〔2〕「寄与リスク」概念についての本質的誤解

 下線部<6>の「寄与リスクは、絶対リスクの相対的大きさで表され、相対リスクと絶対リスク両指標の考えを併せ持つものである」という説明は明白な誤りである。
表2を見れば明らかなように、事例①②ではともに相対リスクが1.1と等しいだけでなく、寄与リスクも9.1%で等しい。事例③④でも相対リスクが2.0と等しいだけでなく、寄与リスクも50.0%で等しい。事例①②の場合も、事例③④の場合も「絶対リスク」は異なるが、「寄与リスク」はそれを反映していないのである。したがって、寄与リスクがあたかも絶対リスクの情報を反映しているかのように評価するのは明らかに間違いと言わなければならない。
 式(4)より、ATR=(X-C)/X=1-C/X=1-1/Rrと表されるから、寄与リスクATRは相対リスクRrだけの関数である。逆に、Rr=1/(1-ATR)と表されるから、寄与リスクATRが決まれば相対リスクRrも一義的に決まる。したがって、表2において相対リスクが等しければ寄与リスクも等しいのは当然である。
 ところが、絶対リスクと寄与リスクの間には一義的な関係は成立しない。式(1)および式(4)から明らかなように、ATR=Ra/(Ra+C)であって、寄与リスクは絶対リスク(Ra)とともに対照群における疾患発生数(死亡数)Cにも依存する。逆にRa=C・ATR/(1-ATR)であり、寄与リスクATRを決めても絶対リスクRaは一義的には定まらない。そのことは、表2で絶対リスクが等しいのに寄与リスクが異なったり、逆に絶対リスクが異なるのに寄与リスクが等しかったりしていることに端的に示されている。
 したがって、「寄与リスクは、相対リスクと絶対リスク両指標の考えを併せ持つものである」という記述は誤りである。
 寄与リスクATRは、ATR=(X-C)/X=Ra/xのように、「絶対リスクRaとXの関数」として表されるが、RaをXで割ることによってRaに関する情報は失われてしまうのであり、「寄与リスクは絶対リスクを加味したもの」とは言えなくなるのである。それは、相対リスクRrが、
Rr=X/C=(X-C+C)/C=(X-C)/C+1=Ra/C+1のように「絶対リスクRaとCの関数」として表せるからと言って、「相対リスクは絶対リスクを加味したもの」と言えないのと同じである。

〔3〕「寄与リスク」を「最適リスク評価尺度」とする根拠の薄弱さ

 では、寄与リスクの特徴は何かと言えば、それは下線部<7>の「寄与リスクは相対リスクから算出されるが、その大きさは0から100%に数値化される」という点に尽きる。寄与リスクは「相対リスクと絶対リスク両指標の考えを併せ持つもの」なのではなく、相対リスクの一種の「変形物」に過ぎないのだが、数値的には0%~100%に基準化されているということにこそ特徴がある。
相対リスクRr(=X/C)において、Xの値がC~∞と変化するにしたがって、Rrの値は1~∞と変化する。では、Xの値がC~∞と変化するときに、O~1の間で変化する関数は何かと言えば、それこそがATR=(X-C)/X=1-1/Rrに外ならない。つまり、寄与リスク(ATR)は「相対的なリスクの大きさを0~1間(0%~100%)に基準化した量」というのがその本質であって、「相対リスクと絶対リスク両指標の考えを併せ持つもの」ではない。
 ゆえに、下線部<8>の「したがって、放射線が占める割合としてのリスク評価の指標としては、寄与リスクが最適である」という結論には問題がある。「したがって」の意味が「相対リスクと絶対リスク両指標の考えを併せ持つものだから」という内容を受けているとすれば、それは誤りである。ゆえに、「したがって」の意味は「リスクの大きさを0%~100%に基準化した量だから」という内容を受けているものと解されるが、それならば、そこに至るまでに絶対リスク、相対リスク、寄与リスクの概念的特徴を比較検討した内容はほとんど意味を失い、単に、「リスク評価には、相対リスクの大きさを0%~100%に基準化した量として定義される寄与リスクが最適である」と主張しているに過ぎないことになる。
 しかし、なぜそれがリスク評価として「最適」なのかについては何も示されていない。「寄与リスクを計算して、あるパーセンテージ以下は放射線起因性を無視するという方法」と「相対リスクを計算して、ある数値以下は放射線起因性を無視するという方法」とは同等であり、特に寄与リスクを「最適の尺度」として取り上げるべき理由はない。例えば、「寄与リスク1%以下」という表現と「相対リスク1.01以下」という表現とは同等であり、わざわざ寄与リスクに換算しなくても、相対リスクの数値のままで十分判断できることである。
 そればかりか、例えば疾患発生数(死亡数)10が「100になったケース」と「200になったケース」を考えた場合、まさに公衆衛生的観点からすれば後者の方が非常に大きなインパクトをもつが、これを相対リスクで表せば10→20と大きな違いとして反映されるのに対し、寄与リスクで表せば90%→95%となって、僅か5%の違いとしてしか反映されない。また、例えば疾患発生数(死亡数)10が「11になったケース」と「12になったケース」を考えた場合、公衆衛生的観点からすれば「大差ない」という印象だが、これを相対リスクで表せば1.1→1.2とほぼ印象どおりの違いとして反映されるのに対し、寄与リスクで表せば9.1%→16.7%となって、7.6%もの違いとして反映されてしまう。相対リスクが10倍から20倍と大きく変化した時に僅か5%しか寄与リスクが変化せず、相対リスクが僅かに1.1倍から1.2倍に変化した時に7.6%も寄与リスクが変化してしまうという性質は、何の説明もなく「寄与リスクが最適」と主張する正当性を失わせる程のものである。
 これは、関数形の変換によって従属変数の値域が(1,∞)→(0,1)に.変化したために外ならず、むしろ感覚的に「リスクの大きさを誤認させる可能性さえ含む」ものであり、その意味からも下線部<8>の「リスク評価の指標としては、寄与リスクが最適である」という結論には本質的な疑問があると言うべきである。これを図示すると、図1の如くである。

4.結論

 以上の検討から、「児玉報告」には、次のような諸問題が含まれる。

<1>「リスク」という用語が無限定に使用されていること

 「絶対リスク」「相対リスク」「寄与リスク」を比較しつつ最適リスク尺度を模索している論文であるにもかかわらず、その論証途上、意味を限定せずに「リスク」という用語を多用していることは、科学論文としての厳密性の点で問題がある。

<2>「寄与リスク」概念の理解に本質的誤解があること

 本研究にとっての基本概念とも言うべき「寄与リスク」概念の理解に本質的な誤りがある。すなわち、「寄与リスクは、相対リスクと絶対リスク両指標の考えを併せ持つものである」という主張は誤りであることが指摘されなければならない。

<3>寄与リスクの「最適性」の根拠が示されていないこと

 「寄与リスク」がリスク評価の最適尺度だとする主張が何の根拠もなく提起されている。本稿において検証した通り、むしろ相対リスクの方が優れていると考えられる面もあるのであり、もしも「寄与リスクが最適のリスク評価尺度」と主張するのであれば、その根拠が明示されなければならない。
 本稿において検討対象とした「児王報告」は、厚生科学研究費の補助金研究として実施され、厚生省の「疾病・障害認定審査会原子爆弾医療分科会」において、今後の認定のあり方をめぐる論議の基礎とされたものである。その意味において、放射線によるリスク評価の分野で一定の重要性を有する学術論文であり、そこに含まれる誤謬は正される必要があろう。

参考文献
厚生科学研究費補助金研究報告書「原爆放射線の人体への健康影響評価に関する研究」(主任研究者:児王和紀<広島大学医学部>)

日本被団協認定基準検討会 作業文書2 2001年7月

原子爆弾医療分科会の新しい認定審査方針について

沢田 昭二

(1) はじめに

 去る5月25日開催された厚生労働省の疾病・障害認定審査会 原子爆弾医療分科会(以後,「原爆医療分科会」という)は,原子爆弾被害者に対する援護に関する法律の第11条に基づく認定審査を行う「原爆症認定に関する審査の方針」(以後「新認定審査方針」という)を決めました.
 DS86の線量評価と「しきい値」論の機械的適用を批判した長崎原爆松谷訴訟の最高裁判決と京都原爆裁判の大阪高裁判決を受けて,厚生労働省は新しい認定基準の作成を迫られていました.さらに, 放射線影響研究所の D. ピアースとD. L. プレストンが, ABCC–放影研による8万人を越える広島・長崎の被爆者追跡調査の結果をまとめた論文「原爆被爆者の低線量における放射線起因のがん発生危険率」を発表しました. この論文の結論は,「 0から0.1シーベルトの範囲において, 統計学的に有為な危険率があり, しきい値があるとしても,0.06シーベルト以下である」というものです.この論文の結果からも, 原爆医療分科会は,「しきい値」論に代わる認定基準の作成を迫られていたと考えられます.
 しかし,新たに策定された「新認定審査方針」を検討してみると,相次ぐ原爆裁判の判決によって指摘された認定審査のあり方を抜本的に改善したと言えません. 依然として,原爆裁判によって戒められたDS86の機械的適用を続ける可能性があります.また, 「新認定審査方針」の下敷きになった,児玉和紀教授を代表者とする厚生労働省特別研究事業研究の論文(以後「児玉報告」という)にも重大な問題が含まれていて,「新認定審査方針」は問題をそのまま引きずっています. 厚生労働省の担当局の下に原爆症認定作業班がもうけられ、事前に認定申請書類を分別するようにしたことも, 「原爆医療分科会」への諮問が形骸化され, 被爆者の個々の状況に則した認定審査ではなく, 原爆裁判において批判された機械的でずさんな認定審査が継続される可能性があります.
 以下(2)では,「しきい値」論の根拠をゆるがすことになったピアースとプレストンの論文の要点を紹介します. (3)では「新認定審査方針」の下敷きになった「児玉報告」の問題点について述べます. (4)では, 問題のあるDS86の線量評価をそのまま被曝線量としている「新認定審査方針」について検討します.

(2)ゆらぐ「しきい値」論

  ピアースとプレストンは, ABCC?放射線影響研究所による8万人を越える広島・長崎の被爆者追跡調査結果をまとめて「原爆被爆者の低線量における放射線起因のがん発生危険率」と題する論文を発表しました (D. A. Pierce and D. L. Preston; Radiation-Related Cancer Risks at Low Doses among Atomic Bomb Survivors, Radiation Research 154, 178?186 (2000) ). この論文には, 「しきい値」の問題の他にも, いくつかの注目すべき結果が得られていますので, この論文の内容を紹介します.
  紹介の前に, 相対危険率と被曝線量の説明をしておきます. 相対危険率 Rr は, 被爆者を被曝線量ごとにわけて, がんの発生した割合を Xとし, 被爆しなかった人のがんの発生率をCとすると
Rr = X/C
によって与えられます.
 放射線の線量には吸収線量と線量等量があります. 吸収線量は体重1kg当たり放射線から受けるエネルギーによって表します. 吸収線量の単位は, 体重1kgにつき1ジュールのエネルギーを吸収した場合を1Gy(グレイ)としています. そして従来使われていたラド ( rad ) にあわせて1Gyの1/100を1cGy (センチグレイ) = 1ラドがよく用いられます.
 生体に対する影響は, 同じ吸収線量でも放射線の種類によって異なります. ガンマ線を基準にして, その何倍の影響を与えるかを生物学的効果比(RBE)あるいは線質係数として, 生体に対する放射線の影響の違いを表します. 線量等量は, 吸収線量にこの線質係数を掛けたもので, その単位がシーベルト(Sv)です. 中性子線はエネルギーによって線質係数が変化しますが, 通常5ないし20, 平均して10ととるのが一般です. 線質係数 10の中性子線を吸収線量で1Gy浴びますと10シーベルトの線量等量の放射線被曝になります.
 さて, 表1は広島・長崎の原爆被爆者についてピアースとプレストンが解析した1958年?1994年のがん発生データの総まとめです.

表1 1958年~1994年のがん発生データの総まとめ
線量等量
(Svシーベルト)
対象
(人)
固形がん
(人)
評価過剰数
(人)
発生率
(%)
過剰発生率
(%)
3000m以遠23,4933,230013.750.94
0.005Sv以下(3000m以内)10,1591,301112.810
0.005~0.1Sv30,5244,1197713.490.68
0.1~0.2Sv4,7757396015.482.67
0.2~0.5Sv5,86298216416.753.94
0.5~1Sv3,04858217719.096.28
1~2Sv1,57037616523,9511.14
2Sv以上4701268026.8114.00

 相対危険率を求めるためには, 原爆放射線を浴びなかった人のがん発生率を求めなくてはなりません. がんの発生率には地域差がありますから, なるべく同じ地域の同じ環境にいた人で原爆放射線をあびなかった人と被曝した人とを比較する必要があります. 当初ピアースとプレストンは, 爆心地から3km以遠の人たちを被曝しなかった集団として, 被爆者と比較しようとしました. ところが, 表1に見られるように, 爆心地から3km以内で, 放射線を遮る遮蔽効果があって, 実質被曝線量が 0と見られる被爆者の方が, 3km以遠の被爆者よりもがんの発生率が低いことがわかりました. このことは, これまですべての被爆者調査において, 爆心地から3km以遠でも急性放射線症状があらわれていることと関連があると思われます.
 表1で, 発生率X %はがん発生の人数を対象人数で割って求めます. 1行目の3000m以遠の被爆者のがん発生率Xは 3230人/23493人 = 13.75%です. これに対し, 2行目の爆心地から3000m以内で放射線遮蔽物のため被曝線量が0.005シーベルト以下であった人の発生率は1301人/10159人 = 12.81%となり, 3km以遠の被爆者より小さくなりました. そこでピアースとプレストンは非被曝者のがん発生率Cとして, 爆心地から3km以内で被曝線量が0.005シーベルト以下であった被爆者の発生率を採用しました. すなわち, C = 12.81% としました. 過剰発生率はX – C で求められ, 表1の右端の欄に与えてあります.
 図1は, 被爆者に見られる充実性がん(solid cancer, 固形がん)のDS86に基づいた被曝線量等量に対する相対危険率Rr = X/Cです. この図では, 被爆者のあびた放射線量はDS86に基づいています.
 図1の左上に挿入された小さい図は被曝線量等量が 0から2シーベルトの範囲の相対危険率で, 黒い点と点線で挟まれた曲線が実際の調査によるがん発生の相対危険率です. この相対危険率は, ほぼ線量等量に比例して増加する直線と一致しています. しかし, 低い線量等量の部分を拡大した図1の線量等量の 0から0.5シーベルトのグラフをみると, 0.1から 0.3シーベルトの付近で相対危険率は, 線量等量の大きいところから引っ張ってきた直線からずれて大きく膨らんでいます. 黒い実線の両側の点線までが統計的な誤差の範囲ですから, 直線はこれからもずれています. 調査した被爆者の人数は低線量の人の方が多いので, このずれについてはっきりした説明が必要です.
 図の中に, 相対危険率が約1.03のところに横に直線が引かれていますが, これが3km以遠の人たちの平均の相対危険率です. 相対危険率1.03は過剰危険率ERRにすると 3%になる. この3%は, 多くの被爆者調査において, 3km以遠で被爆した被爆者の数%に急性放射線症状が現れたこととほぼ対応した値であり, 放射性降下物や残留放射線の影響との関連で注目されます.
 この図に示された結果から, ピアースとプレストンは, 0.1シーベルト以下でも, 統計的に有意な危険率が存在することを結論しました. そして, もし, しきい値が存在するとしても, その値はどこまで許されるかを統計学的に調べて, 0.06シーベルト以下であるとしました. しきい値が0.06シーベルトであるとして, その点から高い線量領域までの相対危険率を与える直線を求めたのが図2の下側の斜の直線です. しきい値がないとした上側の斜の直線と較べると, 調査による相対危険率の曲線からますます離れていくことは明瞭です.
 ピアースとプレストンは, 低線量における相対危険率の直線からのずれには, DS86の広島原爆の中性子線量評価に原因があるのではないかと考えました. そこで彼等は, ストローメらの中性子線量評価 (T. Straume, et. al., Health Physics 63; 421? 426(1992))を一部修正したものを用いました. ストローメらの線量評価は, 広島の中性子線量を爆心から 1400mまでの実測値に合わせるようにDS86を大幅に修正したものです. その広島原爆の中性子線の線量評価は, 広島の爆心地から1400mでは DS86の約5倍, 1800mでは約15倍になっています. しかし, ストローメらの修正中性子線量でも, その後測定された1400m以遠の実測値とは一致せず, 過小評価になっています. 爆心地から1800mでは実測値はDS86の60ないし160倍だからです.
 ピアースとプレストンは, このストローメらの修正中性子線量を実測値に近付けるように再修正するのではなく, DS86に近付けるようにして, ストローメらとDS86のほぼ中間になるように修正した被曝線量を用いました. 彼等がなぜストローメらの中性子線量評価を実測値に近付けるように再修正するのではなく, DS86に近付けるように再修正したのかは, はっきりしませんが, 広島の爆心地から遠い距離の中性子線量を測定した実測値について, アメリカ側の多くの科学者が, 物理学的にまだ説明できていないことを理由に認めようとしていないことと関連していると思われます. しかし, 実測値を求めた日本の科学者達は, 原爆放射線以外の影響を丹念に取り除いた結果なので, 測定結果に自信を持っています.
 ピアースとプレストンは, DS86ではなく, ストローメらの再修正した中性子線量を用い, 生物学的効果比を10ないし40にとってがんの発生の相対危険率を求めました. これまで中性子の生物学的効果比はせいぜい30くらいまででしたが, 彼等は中性子線量の低いところでは, 中性子線の生物学的効果比を40にとりました. その結果が図3です. 図1に見られた, DS86に基づいて得られた相対危険率の0.1から0.3シーベルトの直線からずれたふくらみは消えて, しきい値もなく, 0シーベルトで相対危険率1から出発する1つの直線によって低線量から高線量までほぼすべての領域の相対危険率を表わしています. 相対危険率Rrから1を引いたものを過剰相対危険率ERRと言います. 式で表すと
   ERR = Rr-1 = X/C -1= (X-C) /C
です. このERRを用いるとERRは被曝線量等量に比例することになります. 式で表すと
   ERR ∝ 被曝線量等量 .
 過剰相対危険率ERRは原爆放射線をあびたためにがんの発生が増加した率を与えるので, これが被曝線量等量に比例するということは, 放射線をあびれば, あびるだけそれに比例してがんになる確率が高くなるということです.
 DS86の広島の中性子線量評価を修正したストローメらの線量評価を再修正した中性子線量と, 低線量の中性子の生物学的効果比を40という大きな値にとったことによってこのような結果が得られたことは, DS86の広島原爆の中性子線量評価が正しくなく, それを正すことによって, がんの発生率が被曝線量に比例するというすっきりした結果が導かれたことを示しています.
 私は, ピアースとプレストンがストローメらの修正中性子線量を再修正してDS86に近付けるのではなく, 実測値に近付けるようにすれば, 40という大きな生物学的効果比を低い中性子線量領域で用いることをしないでも, もっとすっきりした結果が得られたのではないかと思います.
 図3の0.02から0.03シーベルトというきわめて低線量のところの調査結果による相対危険率の曲線に, 統計誤差ぎりぎりですが小さなふくらみが残っています. これはストローメらの修正した中性子線量評価でも1400m以遠の実測値を再現できず, 中性子線の生物学的効果比を40にとっても, 低線量領域における線量評価とのギャップが埋められなかったためと考えられます. 私は, 実測値を再現する中性子線量評価を用いれば10~30程度の中性子線の生物学的効果比によって, この小さな膨らみもなくなって, すっきりした直線が得られると思います.
 また, 1.5シーベルト以上の高線量の相対危険率は, 図1の左上に挿入された図に較べて図3の対応した図では, 全体を表す直線からのずれがかえって大きくなっています. これは, ストローメらの修正線量評価によって, DS86の中性子線量評価が近距離の高線量領域では, 実測値に較べて過大評価であったものを解消したために, 相対危険率が増加した結果です. さらに注意して見ると, 低線量領域に較べて高線量領域の相対危険率の方が全体として勾配がきつくなっています. この原因は, 医学的に明らかにする必要がある問題かも知れません. しかし, ピアースとプレストンの調査における被曝線量の算出において, 残留放射線による体外および体内被曝をどの程度考慮したのかも問題になります. 残留放射線による体外および体内被曝を被曝線量に加えると, もっとよい近似で, 低線量から高線量まで1つの直線で相対危険率が表される可能性があります.

(3)厚生労働省特別研究事業研究について

 今回「原爆医療分科会」が採択した「新認定審査方針」の基礎には,広島大学原爆医学研究所の児玉和紀教授を代表者とする厚生科学研究費補助金の研究事業の論文(以後「児玉報告」とします)があります.この「児玉報告」は原爆被爆者のがんなどの晩発的放射線障害について, 原爆放射線が起因したと考えられる割合を「寄与リスク」ATRによって表すことを提唱しています. 「寄与リスク」は, (2)で述べた過剰相対危険率 ERRを被爆者のがん発生率 Xで割ったもので, 式で表すと
     ATR = (X-C)/X = ERR/X = ERR/(1-ERR) = 1-1/Rr
です. この寄与リスクの使用を提唱した「児玉報告」については, すでに, 作業文書No.1の安斎育郎・清水雅美論文「『寄与リスク』概念をめぐる誤解について」に述べられているような, 寄与リスクについての誤った理解があります. また, 寄与リスクの低線量領域における非線形性のために, 被曝線量評価の不安定性を拡大するという欠陥も安斎・清水論文で指摘されています.
 ここでは, 「児玉報告」について, 安斎育郎・清水雅美論文で指摘された問題以外の原爆医療分科会における認定審査にかかわった問題点について述べることにします.
 「児玉報告」では, 晩発性放射線障害であるがんの発生には「しきい値」がなく, 放射線被曝による過剰相対危険率ERRは被曝線量に比例することを基礎にしています. そしてがんの種類ごとに調べた過剰相対危険率の被曝線量等量にたいする比例係数(1シーベルト当たりの過剰相対危険率)を用いて「寄与リスク」を算出しています. その結果を, 主要ながんの種類ごとに, 被爆時年齢が0才から30才までの年齢ごと, 男女別に, 線量に対する「寄与リスク」として表にしています.
 その1例として, 図4と図5は白血病の寄与リスクの「児玉報告」の表をグラフにしたものです. 図4は男性, 図5は女性で, それぞれ被爆時年齢0才から5才ごとに30才まで, 男性は線量が100cGy(センチグレイ)まで, 女性は15cGy まで示されています. 白血病の寄与リスクが性別によっても, 被爆時の年齢によっても大きく違うことが分かります. 一番上の曲線は被爆時0才, 一番下が被爆時30才で, 真ん中の点線が被爆時15才です. いずれにしても「寄与リスク」は, 線量0のときの0から始まって, 線量の増加に伴って100%に近づいていきます.
 図6と図7は「児玉報告」に与えられた各種のがんの「寄与リスク」の表から, 被爆時15才の「寄与リスク」をグラフにしたもので, 図6は150cGyの線量まで, 図7は1000cGyまで延長してあります.
 「児玉報告」で、寄与リスクの計算の出発点としたのは「児玉報告」の表1 がん過剰相対リスクに示された, 1シーベルト当たりのがん過剰相対危険率です. 出発点は線量等量に基づいた1シーベルト当たりのがん過剰相対危険率のデータを用いながら, 算出した表はいずれも吸収線量(センチグレイcGy)としています. (2)において紹介したように, ピアースとプレストンらの論文において, 過剰相対危険率 ERRに「しきい値」がなく, 低線量領域において, 線量に比例するという結論が得られたのは, 被曝線量を線量当量にしたからです. とりわけ, 広島の遠距離の中性子線の線量を, DS86から大幅に修正したストローメの中性子線量を再修正し, さらに低線量の中性子線に生物学的効果比40という大きな値を用いて得られたものです. こうしたことを考慮すると, 生物学的効果比あるいは線質係数を無視して, 吸収線量に対する「寄与リスク」とすることは大きな間違いです. こうした誤った「寄与リスク」を用いると, 次の(4)で述べるように, 認定審査に際して大きな過ちを起こします.

(4)原爆医療分科会の「新認定審査方針」について

 原爆医療分科会の「新認定審査方針」は, 認定に係わる審査に当たっての基本的考え方として「原爆放射線起因性の判断に当たっては, 原因確率および閾値(しきい値)を目安として, 当該申請に係わる疾病等の原爆放射線起因性に係わる『高度の蓋然性』の有無を判断する」と述べています. ここで「原因確率」は「児玉報告」の「寄与リスク」を言い直したものです. そして, 認定審査において, 「原因確率」が「おおむね50%以上である場合には, 当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定」し,「おおむね10%未満である場合には, 当該可能性が低いものと推定する」としています. その後で, これまでの原爆裁判の判決を受けたことを考慮して, 「ただし, 当該判定に当たっては, これらを機械的に適用して判断するものではなく, 当該申請者の既往歴, 環境因子, 生活歴等も総合的に勘案した上で, 判断を行うものとする」と述べています. このただし書きがどの程度実行に移されるかは, 今後の原爆医療分科会の審議を見つめていくことによって明らかになると思います.
 危惧されるのは, 厚生労働省の健康局の総務課のもとに, 「速やかな審査に資することを目的として」健康局長が開催する非公開の原爆症認定作業班が設けられ, 原爆医療分科会に先立って「医学的確認作業」をすることになったことです. この健康局長のもとにおかれた認定作業班によって, 機械的に「原因確率」が10%未満は, 放射線の影響はないと判断し, 「原因確率」が10%から50%の間は個別審議にまわすことになれば, これまでの「しきい値」に代わって, 「原因確率」10%未満による, 認定申請切り捨てが新たな認定審査においても実質的に継続されるのではないかと懸念されます.
 原爆医療分科会の「新認定審査方針」は, 基本的に「児玉報告」の「寄与リスク」の使用提唱に基づいています. 「新認定審査方針」には「児玉報告」の主ながんの男女別, 被爆時年齢別の「寄与リスク」の表が, ほとんどそのまま「原因確率」として添付されています. 線量は「児玉報告」と同様, 吸収線量でセンチグレイを用いています.
 さらに, 「新認定審査方針」には, 旧来の厚生省の原爆医療新議会の認定基準と同様に, DS86 の線量評価に基づいて, ガンマ線と中性子線の線量を, 生物学的効果比を考慮しないまま, 単に合算して爆心地からの距離ごとの初期放射線による被爆線量として表にしています. 旧原爆医療新議会の認定基準では, 爆心地から1200m以遠の線量であったのを, 爆心地からの距離が, 100mから2500mまで2000mまでは50m間隔で, それ以上2500mまでは100m間隔で与えています. この表では, 爆心からの距離としていますが, 爆心地からの距離とすべきでしょう. 爆心は原爆の爆発した点で, 広島では地上580m, 長崎では地上503mとされていますので, 爆心からの距離は, 一番近い爆心地では580mまたは503mとなります. 原爆医療分科会が, 爆心と爆心地の区別ができないようでは問題です.
 残留放射線の評価と放射性降下物の考慮地域は, 広島が己斐、高須地域, 長崎が西山3, 4丁目または木場となっていて基本的に元の原爆医療審議会の認定基準と同じです.
 安斎・清水論文にも指摘されたように, 「寄与リスク」を問題にする時は, 被曝線量評価の正確さが要求されます. しかし, 「新認定審査方針」では, 実測値との不一致が解消されていないDS86を依然として使用しています. DS86の中性子線量を遠距離に適用すると桁違いの過小評価をすることになります. さらに(3)で述べたように, 中性子線の生物学的効果比を全く考慮しないで, DS86の推定した中性子線量とガンマ線量を単純に合算した吸収線量を用いていることは, 中性子線量の過小評価との相乗効果によって被爆者の初期放射線による被曝線量の算出に, 桁違いの過ちをもたらします. こうして, 「新認定審査方針」には, 古い認定基準の大きな欠陥がそのまま持ち込まれることになっています. この被曝線量の過小評価は「原因確率」の非線形性によってさらに拡大されて, 認定申請の審議に大きな過ちをもたらすでしょう.
 さらに, 「寄与リスク」あるいは「原因確率」による放射線の影響評価には, 初期放射線による被曝線量だけでなく, 残留放射線と体内被曝を含め, 被爆者が受けた放射線量を線質係数も含めて正確に判定できていることを前提にしなければなりません.
 「原因確率」は, がん発生の原爆放射線による起因性の割合を統計学的に示すものになっています. しかし, 個々の被爆者に適用する時, 被爆者が受けた初期放射線, 残留放射線, 体内被曝すべてを正確に判定することは不可能です. さらに, 被爆時年令, 性別の他に, 放射線感受性については大きな個人差があることも考慮しなければなりません. こうした要素をすべて含めて総合的に判断することが求められます.
 以上のように「新認定審査方針」にはさまざまな欠陥があり, これまで通り、遠距離被爆者、入市被爆者は切り捨てられる可能性があります. 
 具体例として, 京都原爆裁判の高安さん(ペンネーム)の例を考えてみましょう. 高安さんは広島の爆心地から1800mの距離で被爆しました. DS86による1800m地点の推定吸収線量はガンマ線が15.2cGy, 中性子線が0.13cGyです.「新認定審査方針」のように, 吸収線量を足し算すると, 15.3cGyとなり, 中性子線量は実質無視されて, 四捨五入するとガンマ線の吸収線量だけの15cGyになります. 高安さんが実際に認定申請をした疾病は白血球減少症と肝炎でしたが, 「新認定審査方針」の問題点を明らかにするために肝臓がんで認定申請をしたとします. 高安さんは被爆時年齢が19才でしたから, 「新認定審査方針」の別表7-1の肝臓がん, 皮膚がんなどの表から, 「原因確率」は7.5%となります. この「原因確率」だと,「おおむね10パーセント未満である場合には, 当該可能性が低いものと推定する」として認定申請は却下されてしまいます.
 高安さんの被爆した爆心地からの距離1800mでは, ガンマ線の吸収線量の実測値はDS86の推定値の1.5~2倍の20~30cGyです. また中性子線量の実測値からの推定はDS86の60~160倍の8~21cGyです. 中性子線の線質係数を10ととると80~210センチシーベルト, 線質係数を20とすると160~420センチシーベルトになります. これに線質係数1のガンマ線を加えると, 中性子線の線質係数を10とした場合, 100~240センチシーベルトになり, 線質係数を20とした場合は180~450センチシーベルトになり, 肝臓がんの「原因確率」を求める別表7-1からはみだしてしまいます. この表を延長して「原因確率」を求めますと(15才の「原因確率」を延長して作成した図6と図7のその他のがん(男)参照), 中性子線の線質係数10の場合は, 35%~43%となり, 線質係数を20としますと 48%~71%になります. このように, DS86ではなく, 実測値にもとづく線量を用い, 中性子の線質係数を考慮すると, 「原因確率」は50%に近い, あるいは50%を越える結果になり, 「おおむね50パーセント以上である場合には, 当該申請に係る疾病の発生に関して原爆放射線による一定の健康影響の可能性があることを推定する」として認定されるか, 個別審査にまわされることになります.
 認定申請する疾病にもよりますが, この例のように, 「新認定審査方針」がDS86の線量評価の適用に固執し, さらに中性子線の線質係数を無視する限り, 「しきい値」論に代わる「原因確率」によって, 実際には認定しなければならない被爆者に対して, これまで以上に認定申請の却下が行われることになりかねません. 過剰危険率が肝臓がんの1/2~1/3である肝硬変の場合などは, こうした問題がもっと深刻になるでしょう.
 「原爆医療分科会」が, 「新認定審査方針」において, 以上述べたような多くの問題があることを十分考慮し, 認定申請をした被爆者の, 被曝直後の疾病などの経過を個別に十分密着して, これまでの原爆裁判で指摘された認定審査の問題点に留意しながら, 審議されることを望むものです.

2001年7月

厚生労働大臣 坂口力殿

日本原水爆被害者団体協議会
代表委員 坪 井   直
同    山 口 仙 二
同    藤 平   典
事務局長 田 中 煕 巳

原爆症認定基準に関する要請書

 日頃から原爆被害者に対するご尽力に感謝致します。さて、私どもは昨年の原爆松谷裁判最高裁判決、京都原爆訴訟大阪高裁判決後の、原爆症認定のあり方に大きな関心をもってまいりました。今年4月には原爆症認定制度の抜本的な改善に関する要望書も提出したところです。
 ところが、厚生労働省の疾病・障害認定審査会原子爆弾医療分科会は、平成13年4月16日の医療分科会において、「原爆症認定に関する審査方針について」を議題とし、今後の認定審査を寄与リスク評価を目安として用いることが決定されました。私どもは早速科学者、弁護士の参加をえて、「認定基準検討会」を設置して検討を重ねて参りました。
 検討の結果、「日本被団協認定基準検討会」作業文書No.1が述べるように、「寄与リスク」(その後の「審査の方針」では、「原因確率」と呼ばれている)は、本質的な誤解に基づいていることが明らかになりました。
 この「原因確率」に基づいて行なわれた、6月18日の医療分科会での認定審査では、89件の諮問に対して実に77件が却下されるというかってない事態がおこっています。
 私どもは、12年以上も裁判をたたかって、最高裁判決によってやっと原爆症と認定された松谷英子さんや京都原爆訴訟の高安九郎さん(ペンネーム)が、当たり前に認定される審査基準であるべきだと考えます。従って、「原因確率」を目安とする原爆症認定には反対します。
 被爆後56年を経てなお原爆症発症の不安におびえる被爆者の現状を理解いただき、私どもが要望している、

  1. 「疑わしきは認定」という立場で認定を行なうこと。
    特に、被爆者のがんはすべて認定すること。
  2. 主治医の意見を尊重すること。
  3. 医療分科会に被爆者組織が推薦する医師、弁護士などの参加。

の実現に努力することを重ねて要望致します。なお、今後作業文書2、3を準備しております。さらに、本文書は医療分科会委員・臨時委員の方々にも送らせていただきました。

 以上よろしくおねがい致します。